2005年03月16日

総括(3)住民運動と人々の声

今回の問題は、合併協議会の決めた新市名「南セントレア市」が1月27日に発表されてから一気に騒動が大きくなったわけが、勿論問題のベースは二町の合併協議であり、その合併の是非を問うのがメインテーマだった。

マスコミ的にも、合併特例債の申請締切前に行われていた全国数多の市町村合併の中で、「南セントレア市というとんでもない恥ずかしい新市名」にニュースバリューを感じて食いついた。ケガの功名としか言いようがないが、連日の報道で、地元でも合併協議への関心(というか不信)が一気に高まった。しかし、ローカルメディア以外で合併問題そのものが報道されることはほとんど無かった。

もちろん、合併協議に対する住民の不安は、地道な住民運動という形で、「南セントレア市」のずっと以前から表れてきた。住民投票自体が住民によって請求され、2月27日に合併の是非を問う住民投票が行われることが今年の1月11日に決まった

田舎町のことで、町政に対して表だって行動することは、いろんな地縁もあってなかなかむずかしいことではないかと思う。しかし、住民投票の結果やインタビューを見ても明らかなように、今回の合併特例債目当ての強引な合併協議に極まった町政への不信に我慢できなかった町民の人々は多かったと思う。

実際、「南セントレア市」の決定プロセスは勿論、今回の合併に反対していた人たちの多くは「(知多半島の)広域合併に賛成だが、この2町の合併には反対」という立場だった。「坊主にくけりゃ袈裟まで憎い」などという短絡的なものではない。

確かに、三位一体改革の進む中、広域合併で人口数十万の中核都市を造ることは意味があると思う。しかし、実際、半田市が旗を振って、結果的に2年前に破談になった2市4町の広域合併協議は、武豊町、阿久比町、美浜町などが反対して破談になってしまった(南知多町は賛成)。企業からの自主税源があって堅調な財政の武豊町などが反対なのはわかるが、美浜町がこれに反対した理由はいったい何だったのだろうか。

今回の「南セントレア市問題」を含め市町村合併に対する全国の住民運動を取り上げた AERA 3月14日号の「合併NOと言った自治体」という記事も、独自経営で財政負担を軽減していることで知られる長野県栄村の村長の
「住民一人ひとりの生き様や暮らしを大事にする村づくりが大切だ。住民が自分たちで決め、暮らしやすさを実現していくのが自治だ」
という言葉で結んでいる。それは間違いのない真理だと思うが、逆に施政者も合併の是非や新市名のような重要なことを住民投票に丸投げしてしまって、議会や協議会の存在がどんどん軽くなってしまっていることも問題だ。今回の場合は合併協議の強引さ、審議や説明のいい加減さ自体が問題になっていて、議会では合併協議に有効な議論も歯止めも、協議や住民投票が終わった後の採決以外にできないから、議員の会派も率先して合併の賛成・反対運動を行っていた。住民に地方自治への責任があることはもちろんだが、首長みずからが責任を住民に丸投げして無責任を決め込むというのは、地方自治としては異常な状態だろう。

ヨーロッパのコミューンなどのもっと小規模の自治体ならわかるが、数万人単位の自治体でこんな事をしていてはいけない。まず、住民と行政が信頼しあえる状態をつくることから住民が始めるべきだ、と思う。

現在開会中の美浜町議会では、3月10日に一般質問で町長への責任追及が行われたが、町長はのらりくらりとはぐらかしているようだ。議会の存在意義を示すためにも議事録や文書をまくだけでなく、議会報告会のような形で、町民に直接町政の状態を説明する場をたくさん設けて頂きたい。

一方「南セントレア市」という新市名については、住民・出身者に関わらず、全国から非難の声が上がり、合併協議会へ猛抗議の電話やメールなどが集中した。当ブログのトラックバック企画などで集まった人々の声の大半もそれだ。

もちろん、新市名は住民が決めるものだから、部外者が騒ぐのはおかしいと言う人もいるだろう。しかし、地名というものは対外的に使うものだから、それを使わされる事になる部外者側にも違和感が発生するのは当然であり、また日本の歴史・文化的観点からの一般論でも同様だろう。ましてや、意見を言うのは自由なのだから、こういう困った地名が出てくる傾向については日本国民として声を上げていくべきだと思う。

自分がトラックバック企画人々の声を合併協議会に送ったのも、「世間の大多数は『南セントレア市』に対してこんな風に怒ったり恥ずかしがったり嘲って見ているのですよ」という現実を認識して欲しい、という意図からのものだ。大体、割合からすれば、「南セントレア市」については、「バカじゃねーの?」と嘲笑するひとが大多数なのだから、まじめに意見してくれるだけありがたいと思った方がよい。

ネットという立場を超えてものが言える場が出来たりして、地方自治などの政治と住民・国民の間の距離はどんどん縮まっていることは確かだが、どんな場であっても、住民・国民サイドが関心を持って行動しないと具体的な成果は現れないだろう。ケータイが普及したことで電子投票をすれば、バリアは少しは無くなるとは思うが、「無関心」という根本的な問題は解決できない。都会の人も田舎の人も、自分たちの地域の未来を、自分が払っている税金の意味を、その使われ方を、今こそ真剣に考えるべきだろう。

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最初の記憶がある場所



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【責任問題は?】合併にNO! そして次のステップへ【町づくりは?】
さあ!次は美浜・南知多両町長のリコールだ!!
posted by 故郷は美浜 at 14:00 | TrackBack(0) | 総括 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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